とある日曜日、俺と嫁が昼食を外で食べて家に帰ったら様子がどこかおかしい。
廊下に土足の足跡がペタペタあった。
玄関で俺と嫁は顔を見合わせた。
「お前は外に出て警察に連絡して、そのまま待ってろ」
嫁にはそう言って、俺はそのまま玄関から中に入った。
今考えれば、俺も外に出て警察来るまで待ってればよかったんだろうなでも、今まで一日200円のお小遣いで我慢して、タバコも止めてコツコツ貯めたマイホーム資金の預金通帳なんかが心配になって、すぐにでも財産の無事を確認せずにはいられなかったんだ。
頭に血を上らせながら部屋に上がって、通帳が隠してあるタンスを開けたらとりあえず通帳は無事。
ふー、よかったよかった(;´Д`)
これが無事なら、あとはもう小さな問題だよすっかり気分がホッとした俺は、泥棒がまだ家にいるかもしれないなんてことはすっかり頭から抜けてほとんど警戒なんてせずにリビングに向かった少し薄暗かったので電気を付けてリビングに入ってようやく思い出した。
まだ犯人がいるかもしれなかったんだと気づいたときはもう遅かった。
リ、リビングのカーテンが人の形に盛り上がってる!!!!((((;゜д゜)))
こっそり気づかないふりしてそのまま外に出ればよかったんだけど人影を見つけた俺は、「うわああああ」と叫んでた悲鳴を聞いた泥棒は、観念したのか、カーテンの裏から出て来て俺をにらみ付けた。
40歳ぐらいの競馬場にいそうな小汚い男だった。
「おい、てめえ、声出したら殺すぞ」
男は出てくるなり、俺に向かってすごんだ。
俺は言われたことを忠実に守り声も出さず、何度も力強く頷いた。
犯人「警察には言ったのか?」
俺「いえ。あの・・・警察には言いませんから。本当です。誰にも言いませんから、このまま帰ってもらえませんか?」
犯人「そりゃ、お前次第だよ」
俺「どうすればいいんでしょう?」
犯人「出すもの出せんなら、考えてやらんでもねえな」
そう言いながら、犯人は笑みを浮かべて人差し指と親指で輪を作って金を要求してきた。
よかった。
助かる!!
もちろん構いません。
払いますよ。
おいくらですか?
そう大喜びでそう言いそうになったが、そこで少し考えた。
待て。
ここで俺が嬉々として支払いに応じたらこいつは俺の預金通帳まで要求するんじゃないか?
そうなると、今まで貯金に費やした苦節の年月は全て無駄になるんじゃないか?
ここでホイホイ金払ったら負けだ。
なんとかしないと。
今になって考えてみれば、荒唐無稽の考えだ。
通帳が盗られず残っていることからすると犯人は通帳の存在に気づいてなかったと思う。
犯人にしても、いつまでも俺と交渉事なんかしてないでもらう物だけもらって、すぐにでも逃げたかっただろう。
だが、当時の俺は、なぜか「ホイホイ払ったら負け」だと思った。
どうしてもマイホーム資金だけは守りたいという俺の執着と「尻尾を振って支払いに応じたら負け。たとえ喉から手が出るほどほしくても、涼しい顔して強気の交渉しろ」という会社で叩き込まれた考え方のおかげで俺はそんなことを考えたんだだと思う。
「あの・・・おいくらほどお支払いすればよろしいんですか?」
俺は犯人に言った。
俺がそう言った直後、リビングの入り口から嫁が顔を出した。
嫁「圭君?!圭君?!大丈夫?」
俺「え??おま、なんで中に入ってきてんあsdfghjk」
最悪だと思った。
犯人から嫁を守れる自信なんてなかった。
嫁「もう警察には通報しましたこれ以上、罪を重ねない方がいいと思います」
えええ??
俺が必死になって、警察には通報しない代わりに助けてもらう交渉してんのに俺の仕事を土台から崩すのかよΣ(゜Д゜υ)
どうすんだよ。
まずは助かること考えようよ。
犯人、開き直って逆上したらもう、俺たち終わりじゃん!!!
そんなことを考えて、俺は頭が真っ白だった。
犯人「何だと?てめえ、汚ねえ真似しやがってふざけんじゃねえぞ。この女」
犯人は嫁に向かって大声で怒鳴った。
嫁「圭君、ちょっと待っててね」
嫁は怒り狂う犯人を無視して、寝室の方に走って行った。
犯人「クソ、この野郎」
犯人がリビングの出口に向かったから俺は慌てて俺は止めた。
今考えれば、犯人は逃げ出そうと思ったのかもしれない。
でも、当時の俺は「犯人は嫁を追って行く」としか考えられなかった。
だから俺は、体を張って犯人を止めようとした。
俺「ちょっと落ち着いてください。待っててと言ってましたから、すぐ戻ってくるはずです。嫁を追っていかないでください」
犯人「放せやコラ」
いきなり犯人に殴られた。
痛みはあんまりなかった。
でもこのまま嫁のところに犯人を行かせるわけにはいかない。
(もしかしたらそのまま玄関から出て行こうとしてるのかもしれないが)
俺は「待ってください」とか「許してあげてください」「お金なら払いますから」とか「嫁を許してくれるんだったら、全財産もってっていいですから」とか言って、もう必死で犯人を食い止めた。
夢中だったから何を言ったか全部はよく覚えてないけど、通帳の場所も教えちゃったと思う。
虎の子の通帳も交渉のテーブルに載せるぐらい、俺は必死だった犯人の服を掴みながら話してたから、俺は何発も殴られた。
嫁「圭君から離れなさい!!」
声に驚いてリビングの入り口を見ると嫁が戻って来てたorz
最悪だと思った。
何やってんだコイツは。
遊びじゃないんだぞ、これは。
嫁「圭君から離れて!」
嫁は、寝室にある護身用の木刀の切っ先を犯人に向けて怒鳴った。
俺は嫁に、いいから逃げろとか言ったけど嫁は俺の言葉を無視して、犯人に言った。
犯人「無理すんなよ。お嬢ちゃん。ヘヘヘ」
犯人は俺から離れるとニヤニヤ笑いながら嫁の方に近づいて行こうとした。
俺は必死になって犯人を止めた次の瞬間、嫁はものすごい踏み込みで犯人に「突き」を食らわした。
喉元を狙った突きじゃなくて、犯人の胸の中央辺りを狙った突きだった。
すっかり油断してた犯人は、まともに突きを食らって後ろに吹っ飛んでた。
俺も吹っ飛ばされそうだった。
すげえ驚いた。
てっきり、犯人が近づいて来たときに、護身のために木刀振り回すぐらいなのかと思ってた。
まさか嫁の方からあんなに勢いよく犯人に向かって突っ込んでってあんなすごい突きを食らわすとは思っても見なかった。
嫁は剣道の有段者で、大会でも結構な成績残してる。
試合の応援に行ったことはあるけど真横で剣道の踏み込みを見たのは初めてだった。
剣道有段者の踏み込みは女性があんなに早く移動できるものなのか?と思うぐらい速かった。
犯人はうめき声を上げながら床を転がった。
犯人「クソー、このアマ。ふざけやがって」
数秒後、犯人は胸を押さえながらゆっくり立ち上がってなんと、ポケットからナイフを出した。
ナイフを見たときの恐ろしさは、言葉では表現できない。
普段何気なく見てるナイフが、怒り狂った強盗が持っているというだけで全く違う違うものに見えた。
白く光る刃先を見て、俺は恐怖で固まってしまった。
嫁も俺も、ここで死ぬと思った。
嫁の援護とか、嫁を逃がすとか、そういうこともできなくなってしまった。
ふと嫁を見て、もっと驚いた。
笑ってる??なんで???ヽ(゜Д゜;)ノ怖すぎだよコイツ
犯人は嫁の方に刃先を向けたナイフを振り回しながら「いい度胸だ、てめえ覚悟はできてんだろうな?」とか「俺の喧嘩は、生き死にの喧嘩だぞコラ」とか「知ってるか。下っ腹刺されると、長い時間苦しんで死ぬんだよ。ハハハ」とか「死ぬか?コラ?」とか嫁に向かって言ってた。
でも嫁は、犯人の言葉には一切反応せず、無言で犯人を見ていた。
左右にフラフラ動きながら怒鳴り散らす犯人とは対照的に嫁は木刀を正眼に構えたまま動かず、静かに犯人を見ていた。
犯人と嫁の間は結構離れてて犯人はある程度距離があるところから嫁に怒鳴ってた。
俺も犯人も、まだ嫁と犯人がチャンバラする間合いじゃないと思ってた。
でも嫁は突然、その距離を一足飛びに詰めて、木刀を犯人の小手に叩き込んだ。
嫁は、今まで静かに構えてるだけだったのに、突然、火のように猛烈な攻撃に転じたホント、電光石火だった。
たぶん俺が犯人でも避け切れないと思う。
まだ嫁の攻撃可能圏内じゃないと思ってたしなにより驚くほど速かった。
犯人がナイフを落としたので俺は無我夢中で犯人の足元にスライディングしてナイフを拾った。
俺「もう無駄な抵抗は止めてください」
拾ったナイフの刃先を犯人に向けてそう言った。
犯人は木刀で叩かれた右手を押さえて「うう~」とうめき声を上げて立ち上がれずにいた。
犯人がほぼ無抵抗だったから俺は自分のベルトを使って犯人を後ろ手に縛った。
小手を食らった手を後ろ手に回したとき犯人は「ぐああああ、痛てえええ」と大声で叫んだ。
縛るときになってようやく気づいたんだが犯人はそんなに体格よくない。
身長は、嫁と同じぐらいだから164cm前後だと思う。
体つきもそんなにしっかりしてない。
体重も60キロないと思う。
年齢も40過ぎみたいだし。
冷静に考えれば28歳、身長178cm、体重75kgの俺の方が身体能力的にはずっと上なんだよな。
もし犯人と俺が格闘してれば、ナイフ出される前にKO出来たのかもしれない。
でも、これは結果論あの非常時、俺はこいつと格闘するなんて、考えもしなかった。
それ以前に、犯人の身体能力が低いことも気づかずそれどころか犯人を身長以上に大きく感じてた。
俺が縛っている最中、縛り上げられてる犯人に向かって嫁が言った。
嫁「あの、お願いがあるんです。木刀で打ち込んだのは、あたしじゃなくて圭君てことにして欲しいんです。あたしは寝室から木刀を持ってきただけで、後は圭君がやったそういうことにしてもらえません?」
犯人「ああ、そうしてもらえると俺も助かるよ。こんな小娘にやられたなんて、みっともなくて言えたもんじゃねえからな。裁判になれば親類も来るだろうし、俺だって、こんなこと知られたくねえよ」
犯人は苦痛で汗をビッショリかきながら嫁に向かって笑った。
後から警察に聞いたんだけど犯人は肋骨と手の骨がポッキリ折れてたらしい。
それからすぐに警察が来た。
警察が来るまでの間、嫁と犯人は妙に仲良く話し込んでた。
犯人は嫁をたいしたもんだと褒めてた。
なんだっけ?
ストックホルム症候群とかリマ症候群とか言うんだっけ?こういうの。
ずいぶん後になってなんで外にいろって言ったのに家の中に入ってきたのか嫁に聞いたら「悲鳴が聞こえたからもう夢中だったよ。それに、圭君だけだと殺されちゃうかもしれないけどあたしがいれば、女だから体触られるぐらいですむかなと思ったの。警察が来るまでの短い間から、最悪、なんとかそれでしのごうと思ってたんだ」と言った。
犯人がナイフを出したとき何で笑ったのかを聞いたら「そう?笑ってたかなあ」と笑って誤魔化してた。
いや、そんな答え怖すぎだから。
しつこく聞いたら「ナイフ出されたときね、これなら勝てるとは思ったよ。それで笑っちゃったのかなあ」と言ってた。
「前に道場の友達からね剣道やってる人からすれば、相手が素人の場合素手で向かってこられるよりもナイフとか木刀とか持って向かってこられた方がやりやすいって話を聞いたことがあってねその話を思い出したの。
ボクシングみたいに素手で構えて間合い詰められると打ち込める場所が面ぐらいしかないんだよね。
女の力で木刀じゃ、胴はあんまりダメージ与えられないしかといって、木刀で面なんか打ち込んだから間違いなく殺しちゃうから、それもできないしでも、相手が何か武器持ってくれたら小手を打てば、それで腕の骨が折れるから都合がいいんだって。
その話思い出して、これなら勝てるって思ったんだ」
子ども見たいに笑いながら嫁は言った。
こんな可愛い顔してるこいつがこんなに凄腕の剣豪だとは、全く思わなかった。
すっかりいいとこ無しで主人の面子は丸潰れだがまあ、嫁も無事だったし、仕方ないものとしよう。
その日、取調べが終わってから、俺は嫁と熱い夜を過ごした。
バックから嫁を突いてるとき、あのとき、もし嫁が負けてたらきっと犯人は嫁にこんなことしてたんだろうなあと考えたら嫁を犯す犯人になった気分になって、ありえないぐらい興奮した。