じゃあ私は、喜んでもらえて心の底から安心してます

画像はイメージです

当時高校2年生。



同じクラスで仲の良かった友達に、「知り合いに勉強を教えに行くから付き合え」



と言われて連れて行かれたマンション。



どういう知り合いなのかと聞くけど、「ちゃんと見張ってないとどうにかなっちゃいそうで、色々適当に理由つけてちょっかい出してんだ」



とか、その時はあいまいに言葉を濁して説明しない。



紹介されたその知り合いは、普通の高校生だった俺ですら微妙に嗜虐心を刺激される、なんかオドオドした感じの気の弱そうな女の子だった。



確かに、見張ってないとどうにかなりそうだなーとか、笑ったら可愛いだろうにもったいないなーとかそんな事考えてたら、その子がペコッとお辞儀して



「あの、よろしくお願いします」




「え、あー、うん、英語とか数学とかなら得意だから、何でも聞いて」



一言一句忘れもしない、それが初めての会話だったと、さっき嫁さんに教わりました。



嫁さん当時中学3年生。



俺は、なんか面倒臭そうなガキだなとか思ってそうな、ちょっと話しかけづらい顔してたそうです。



いや、誤解ですって(´・ω・`)その子のオヤジってのが酷い野郎でね。



あちこちに金銭トラブル抱えっぱなしで何日も家に帰らないとか、そんな類のダメ人間。



そのうち、その子の周りにも柄の悪いのがチョロチョロし始めて、勉強どころじゃ無いじゃない。



中学3年生なのにさ。



さすがに見かねた俺の同級生の父親が、マンション手配してその子とお母さんをオヤジから引き放したんだ。



お母さんは職場の元部下だったそうで。



で、事情を知ってしまえば、全力で味方になりたいと思うのが当時の俺よ。



同級生と2人で、それぞれ得意な教科の勉強を教えたり、息抜きで遊びに連れ出してみたり。



いっつもオドオドしてる女の子に安心して欲しくて、笑って欲しくて、それはそれは一所懸命に頑張ったんだ。



後々考えるとそれがマズかったんだけどね。



さて、書き忘れてる事に今更気づいたんだけど、俺と嫁さんを引き合わせた同級生は女子です。



高校入学して最初のクラスで席が前後になって以来の友達。



大雑把でガサツで可愛げが無い、でも、だからこそ気楽に接していられるって、クラスに1人くらいいたでしょ?そういうタイプです。



で、本題。



家庭環境のせいで成績落ちたけど、元々勉強全般嫌いな訳でも苦手な訳でも無かったから、ちゃんと集中できれば、落ちた成績なんかすぐに取り戻せたんだ。



ましてや、俺と同級生と2人がかりで、なるべく安心して、なるべく楽しく勉強できる様にって頑張ったからね。



だから知り合って3ヶ月、俺がこの3人の関係を楽しいと思える様になった頃には、ちゃんとテストに結果が出てた。



特にしっかり伸びたのは、英語と数学。



別に俺の教え方が上手だとかそういう訳じゃなくて、単に俺が教えてた科目だからってだけ。



嫁さん、はっきりと自覚はしてなかったけど、多分、もうその頃には俺の事好きだったって。



一緒にいた同級生ですら気づいてたのに、当事者の俺は、『成績戻って良かった良かった』って、ただ単純に喜んでたんだ。



マヌケな話ですよ。



と、昔を思い出してたらちょっと胃が痛くなってきた。



進めていたオヤジとの離婚調停に決着が見え、仕事の方にもだいたい整理が付いてお母さんの状況が落ち着いてくると、嫁さんにも良く喋り良く笑う本来の性格が戻ってきた。



オドオドしてたのは環境のせいで、元々は明るい子だったんだ。



そのうち、ひとまず止めてた学習塾も再開すると、俺達が通う理由も『勉強』から『差し入れ係』になって回数も減った。



頻度は下がりこそしても、それでも関係が途切れなかったのは、嫁さんも俺も同級生も、3人でいるのが楽しかったから。



俺なんて1人っ子だから、歳の近い兄妹ってこんな感じかなとか思ったりしてね。



だから嫁さんと、『来年高校受かったら今年の分まで3人で遊ぼう』って約束したのだって、勉強のモチベーション維持するためのニンジンや飴じゃくて、本気だったし本心だった。



春はお花見をしよう、夏は海にいこう、秋は……紅葉かね?まあいいや、とにかくどこか遊びに行こうって、俺は本当にそう思ってた。



初めて会ってからだいたい半年の10月、俺達の高校の文化祭に遊びに来た嫁さんに、1つ質問をされた。



一通り見物した帰り際の校門前、同級生がちょっと外して俺と2人になるのを待ってたみたいな質問は『俺と同級生は付き合っているのか?』いやもちろんNoです。



あんな可愛げないヤツは好みじゃありません。



でも何でそう思う?と聞こうとしてたところで、同級生合流。



付き合っておりませんと、仲は良いけど友達ですよと、2人がかりの全面否定で苦笑しながら納得した嫁さんを見送った後、同級生はボソッと呟いた。



「分かりやすく安心しちゃって」



「は?」



「だってあの子、あんたの事好きだよ」



「いや、それはないでしょ」



言われて絶句した同級生、呆れた顔して



「今まで全身で好きだっつってただろ、気付けよバカ」



それから同級生は、指折り数えながら話し出した。



言葉遣いは基本的に敬語だけど、同級生の事は名字で呼ぶのに、俺の事は下の名前で呼ぶ。



俺が教えてた英語と数学がズバ抜けて好成績。



プライベートな話を打ち明けては「内緒ですよ?」



と笑って、嬉しそうに秘密を共有したがる。



そもそも同級生と2人でいる時より、俺を入れて3人でいる時の方が嬉しそう。



その他色々根拠を並べて、出した結論は「だからあの子はあんたが好き」



でもそれは無いと、女同士だからってオマエは考え過ぎだと、俺は笑い飛ばした。



だいたい、同級生だって俺を下の名前で呼んでる。



これは同じクラスの女子で1人だけだし、初めて嫁さんに会った日、あの子の事は内緒だって同級生自身が言ってた筈。



それなら3人の関係自体が秘密の共有と言える。



だから、そんなに色々並べたって意味ありません。



なぜなら、お前が言う好きだと思う根拠は、ほとんどお前にも当てはまるから。



そんな感じの話をして、俺は笑ってやった、鼻で。



で、言われてまた絶句した同級生、今度は恥ずかしそうな顔して



「だから気付けっつんだよ、バカ」



最初の”気付け”と2度目の”気付け”の意味の違いに、それこそちっとも気付かず、楽しかった3人はその日から少し意味が変わっちゃったという事にも気付かず、ただ、2回もバカと言われた事に対して、俺は取り敢えず腹を立てていたのでした。



気付かないってば。



だって、俺は3人で良かったし、3人が良かったんだもの。



嫁さんも同級生も、お互い相手の気持ちに気付いていながら、でもやっぱりお互いを大事な友達だと本心から思っているという、マヌケな俺だけ気付いてない微妙なパワーバランスのせいで、いつもの3人は、その後少しの間だけ少なくとも表面的には変わらずいつもの3人でいられた。



全部知ってたらあの場にはいられんわな、俺チキンだしね。



「あんたの方も惚れちゃうっつーのが誤算だった」



あの頃の話をした時、同級生は苦笑した。



頑固でクソ真面目だが、基本的には優しいし、ウザくなる直前の一歩手前で面倒見が良いから、あの子があんたを好きになるというのは、まああり得るかなと思ってた。



でも、あんたはあの子みたいな『いかにも可愛い女の子っぽいタイプ』って苦手だった筈だし、あの子だって高校進学して今までみたいに会わなくなれば、きっと冷めるだろうって。



だから、秘密の共有で仲良くなってから、その後高3のラスト1年で俺を篭絡してやろうというのが、彼女の思惑だったそうで。



うん、まあ概ね正しい分析だよ。



そういうヤツです俺(´・ω・`)「どうすれば良いのか解んなくなっちゃったんですよ」



あの頃の話をした時、嫁さんは溜め息をついた。



付き合ってはいなくても、きっと同級生は俺の事が好きな筈。



嫁さんにとって”格好良いお姉さん”であった同級生を出し抜いたり裏切ったりもできず、こればかりは当然相談できるわけも無い。



受験が終われば自分は俺達とは違う高校に通う上に、今度は俺達が大学入試の受験生になって、今まで通りには会えなくなる。



というか、そもそもこんな事ばかり考えずに勉強しなくちゃ、と色々考え過ぎて、そのうち夢にまで俺達が出てきて、朝、泣きながら目覚めたりするようになったそうで。



そんな色々を詰め込んだまま、クリスマス・正月とささやかに過ごした2月、入学試験の直前に嫁さんから貰った手紙で、俺はあっさり惚れてしまいました(´・ω・`)中学校を卒業して違う高校に進んだら、もう俺達と3人で居る理由が無いと、色々考えてテンパッちゃった嫁さんは、本命の第一志望を受験する前、俺に手紙をくれた。



大事な試験の前に何やってるって怒らないで下さいと前置きして、父親関係で不安だった時に俺達3人で過ごせたのが楽しくて、安心できた事。



俺と英語を勉強するのが面白かった事、俺に褒められたくて、凄いと言われたくて、一生懸命頑張った事。



俺達3人の事や受験が終わった後の事を色々考え過ぎて混乱してしまい、1度全部吐き出してしまわないと本命の試験に集中できないと思った事。



違う高校に進んだら、きっと今までの様には会わなくなるだろうから、最後にもう1度俺に教わった英語を使って、俺に凄いと言わせたかった事。



そんな事やってる場合でも無かった筈なのに、一生懸命言葉選んで手間かけて、ごっちゃになったいろんな感情をそれでも丁寧に並べたオール英文の手紙は、直接的な単語こそ使って無かったものの、鈍感な俺ですら解るラブレターで、それこそ俺なんか瞬殺だったわけだ。



だから俺は試験当日の夜、電話をかけた。



「大事な試験の前に何やってんの」



「だから怒らないで下さいって書いたのに」



俺としては精一杯年上の余裕持って話した筈だったのに、嫁さんに言わせるとちょっと変なテンションだったそうで、きっとこれなら言っても大丈夫だと思った嫁さんに、その電話で告白された。



「受験生の夢にまで出てきちゃって、どうしてくれるんですか?」



「ゴメンなさい(´・ω・`)」



と、そんなこんなで交際開始して数年後、めでたく結婚いたしましたと。



読み返すとあんまり面白くない話だが、長々と続けてごめんよ(´・ω・`)何かあったといえばあった様な、無いといえば無い様な感じだけど、恋愛経験の少ない俺には結構ショッキングな出来事だったもんで、克明に思い出せ過ぎて、胃痛で吐きそうです。



なんだか眠れないしね(´・ω・`)さて、特に決め事があった訳でも無かったけれど、試験の結果が出るまではと3人とも連絡を取らずに迎えた3月初め。



合格発表を無事に終え、晴れて心配事が無くなった嫁さんは、同級生に話をした。



合格できた事、勉強を教えて貰ったお礼、それから、俺に告白した事。



「へー良かったねぇ、あいつ時々口うるさくてウザいけど、基本的には良いヤツだから…って知ってるか、そこが好きなんだもんね」



それは”同級生も俺を好きな筈”という先入観を勘違いだと思わせるほどの、極めて自然な反応だったけれど、微かな違和感を嫁さんは覚えたって。



実際のところ、胸中は自分の誤算を後悔しつつ微かな嫉妬も混じった微妙な心境だったけれど、それでも相手が嫁さんで嬉しかったのも本当だったと、ずーっと後になって同級生は笑った。



「他の誰かならともかく、あの子だからね。嬉しかったのも嘘じゃないよ。でもね」



俺達の家の近所には河川敷に桜並木の遊歩道があって、毎年、春になるとそれはそれは見事な満開の桜が見られる。



嫁さん達がオヤジから逃げて引越して来た頃は既にシーズンは終わっていたから、俺は嫁さんにその綺麗な桜をどうしても見せたくて、約束してた。



春になったら見に来ようって、ちゃんと入試に合格して三人で満開の桜の下をのんびり歩いてみようって、俺はそう約束をしていた。



嫁さんが打ち明けた少し後、俺は同級生に誘われて2人でその遊歩道を歩いた。



学校帰りのゲームセンター、バッティングセンター、カラオケ、集まるのは4、5人だったり、たまには2人だったりと、俺達が3人になる前はそんな感じで同級生とも時々遊んでたから、そこに不自然さは無かったけれど、いつも学校の制服か、きちんと清潔だけど男みたいなさっぱりした普段着しか見た事なかったから、その日の同級生のいかにも女の子っぽい可愛い服に、俺としては違和感があった。



凄く似合ってたけどね。



「聞いたよ、付き合うんだって?」



「うん」



「だから言ったろ?あの子はあんたが好きだって」



「あーうん、当たってた。お前凄いな」



甘さ控えめな苦い缶コーヒー飲みながらポツポツと始まった会話は、そのうち、俺達が会ったばかりの頃まで遡った。



女の子っぽいのが苦手だった同級生に、俺が『付き合い易くて良い』と言った事。



毎朝、俺に『制服は着崩さない方が格好良い』と服装を煩く注意された事。



鬱陶しかったが、そのうちやり取りが楽しくなって、わざと着崩していた事。



男の友達を真似て、初めて俺のファーストネームを呼び捨てにした時の事。



進級した時の新しいクラス編成表で、無意識にまず俺の名前を探していた事。



俺としては、その転校生というか卒業生というか、とにかくもう会わないかの様な過去形の喋り方が気になり出した頃、同級生は立ち止まって苦笑いを浮かべた。



「あーくっそー不戦敗かー」



「?」



「あんたさ、彼女いた事ある?」



「無いよ、悪かったな」



「いや、全然悪くないよ」



“悪くないからこれを持て”と温くなった缶コーヒーを預けて、両手塞がった俺に”全然悪くないから目を瞑れ”と言って瞼を閉じさせ、同級生はキスをして、それから、何が起きたのか全く理解できずフリーズしてる俺を笑った。



「お花見はさ、2人の方が良いよ」



「私は”忙しくて都合が付かない”から一緒には行けない」



「それと、あんたとあの子が付き合うのを、私は”心の底から喜んでる”」



それだけ念を押して1人でさっさと帰っていく同級生を呆然と見送ってるうちに、俺はようやく、思い出話と文化祭の”気付けバカ”の意味を理解したのでした(´・ω・`)さて、自分の鈍さを痛感した俺は肝心なところだけはぼかしつつ、嫁さんに同級生と会った事を話した。



多分テンパッてヨレヨレだった筈の俺の話を一生懸命真剣に聞いた嫁さんは、最後にポロッと1つ涙をこぼして言った。



「じゃあ私は、喜んでもらえて”心の底から安心してます”」



多分そうするのがこの場合の優しさなんだろうなと思った俺は、それから少しずつ同級生と距離を空けるけれど、それが自然にできてたかどうか、今でも自信が無いんだよね。



思い出すとイタタタってなるけど、でも何もせず自然冷却って訳にはどうしてもいかなかったんだよね、当時はさ。



と同級生は笑います。



さて、青春とか甘酸っぱいとかそういうのはともかく、間違いなくあの頃は楽しかったんだけど、俺がもっと人の気持ちに敏感だったら、もう少し何かがより良い方に違ってたんじゃないかとか、今でも時々思うんだよね。


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